嵐インフォ Arashi info

嵐ファンのためのインフォサイト

【嵐ハワイ】大野ボロ泣き、初心に帰った櫻井

横山恋愛アカデミー WL-A170

   


二日間にわたるハワイライブ。アンコールでは上下白の王子様のようなジャケット姿で登場し、締めの挨拶をしていました。

以下はその時の言葉。

櫻井「ハワイに到着してからは、15年前(のデビューのときに)ハワイで聴いてた曲を、ひたすら聴いてました。

思い出されるのはハワイの真っ青な空と、あの時抱えてた妙な不安でした。空が青ければ青いほど、不安で不安で仕方がなかった。

僕らは、仲が良いと言われることが少なくありません。思えば、そうやって互いに寄りかかりながら、支え合いながらでないと、あの時は立っていられなかったのかもしれません。

正直違和感しかなかった「嵐」というグループの名前ですが、誇りを持って、愛着を持って、こうしてハワイに戻ってこれました。ひとえに皆さんのおかげです。

ハワイから半年後のデビューコンサートで、『嵐のファンでいてよかった、と思ってもらえるようなグループになりたい』と言いました。その言葉を一心に追い続け、ここまでこれたのだと思います。これからも、『嵐のファンでいてよかった』、そう思っていただけるように、ひたすらに、その言葉を追い続けていきたいと思います。」

大野さんの後日談によると、「もう、翔くんのコメントが良すぎて、涙がきちゃって、全然しゃべれなくなっちゃって。“落ち着け”と思いながらも。」

「右隣が松潤だったんだけど、その時に後ろ向いたんだよ。それにも“きちゃって”。もう、松潤も翔くんからキテたの。オレ泣いちゃったから、潤くんは必死に耐えてたらしいけど。皆そうなってたね」

今年34歳で最年長ながらも、華麗なバク転を見せてくれた大野さん。しかし、最後に感極まり・・

大野「ここに来るのにヘリコプターで飛んできて…もうその時から感動してました。感動通り越してわけわかんないっす(笑)……

ハワイに着いて、昨日の夜、一人でベランダに出て、浸ってました。15年前、あの時の僕を……………あまり覚えてませんが。

その中で、少し記憶に残っていることを思い出しました………………当時、その時、まだわけがわからなかったけど、もやもやしてた気持ちとか、すごい思い出して…………………………………。」

言葉につまる大野さん。うつむいて涙をこらえると、会場から「がんばれー」と歓声が。歓声にこたえて顔を上げるも、完全に涙目。客席に向かって無言で手を合わせて謝り、震え声で再び話し始める。

「………でも………………その時のモヤモヤや葛藤は…今は、もう、ありません………(涙が頬を伝う)。

メンバーのみんな。スタッフの皆さん。マネージャーさん。そして、何より、15年支えてくれた皆さんのおかげです。16年目からも、共に、人生を歩んでいきましょう!」

※ちなみに大野さんは、10周年ライブでも瞳がウルッと・・・

大野さんの涙に、ちょっと動揺しながら話し始める相葉さん。「リーダーの涙見て、昨日、いっぱいしゃべろうかなって思ってたこと………全部忘れちゃいました!いや、でも頼れるリーダーですよ♡

15年経って、またこのステージに立ててる。僕らがこれまでやってきたことは、間違いじゃなかったって思いました。

メンバーに出会ってみんなに出会って、100万倍楽しくなりました!感謝しかないです。

ありがとう、いつも。 心から思います。嵐でよかった、って。以上、相葉雅紀でした。」

最後まで、自分の名前噛み倒す相葉さんww

一日目は何を話すか忘れてしまった相葉さんでしたが、二日目には2002年に肺気胸で入院したときのことについて語り、その目には涙が光っていたとか。

嵐は2002年にもハワイでイベントを行いましたが、病み上がりの相葉さんだけステージに立てなかった。それがとても悔しかったので、その気持ちを思い出し感極まっちゃったんだそうです。

 - 未分類

×
KYゼリー